ユーカリの木の下で

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甲子園の土を持って帰ってどうする?最初の持ち帰りは誰?

      2016/05/29

夏休みが来れば、そろそろテレビの野球中継で高校野球はまだかなと思う方もいるのではないでしょうか。

夏の風物詩として毎年楽しみにしていると思いますが、試合後の土を持ち帰るシーンは思わず感動の涙を誘います。

その後はどうしているのだろうかと、結果を見ながら疑問に思ったりもしませんか?

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甲子園の土を持って帰ってどうするの?

高校球児の皆さんが眩しい日差しの照りつける中を汗を流して白球を追う姿は見ている側も感動してしまいますよね。

終わった後にハイライトとして砂を持ち帰る姿も映し出されますが、見ていると「お疲れ様」とそんな風に思わず声が出そうになります。この土も持ち帰った後どうしているのか、気になる方も少なからずいます。

特に何かに使う、ということはありません。

ですが、球児たちの頑張りの証の一つとして、土の中には努力の結晶を見出すことが出来ます。思い出であり、全国各都道府県の代表としてやってきたチームの記念品と言えます。

主に持ち帰った後はチームの皆で分け合い、持ち帰られることが多いです。

小瓶に入れて記念として持ち帰って保管する事もありますし、学校のグラウンドにまいたりされる事もあります。部室に保管して「次もまた甲子園に行こう」と目標として飾っておく場合も。応援してくれた方々に配布して分け合う事もあるようですよ。

ただ、選手によっては自分のスパイクや服などに付着した土こそが、「本当に価値がある」ということでそっくりそのまま保管している方もいます。

努力はどの学校でもされています。

並大抵以上の更なる努力を重ねて甲子園に辿りつき、精一杯頑張った彼らたちだけの特別なステイタス、価値あるものなのですね。

もちろん中には「次も出場するから、要らない」、「思い出は甲子園に置いてきました」ときっぱりとした選手もいます。学校や監督の方針で持ち帰らない事もありますが、持ち帰る、持ち帰らないどちらの場合でも、とても素晴らしい試合を見せてくれたことに感謝したいですね。

甲子園の土を最初に持ち帰ったのは?

諸説あるのですが、よく言われているエピソードは幾つかあります。

  • 1937年の大会での川上哲治選手(熊本工業)
    決勝戦が終わった後に甲子園の土をユニフォームのポケットに入れて持ち帰り、自分の学校の練習場にまいた。
  • 1946年の大会での東京高等師範付属中(現在は筑波大学付属中学校・高等学校)
    「来年また返しにこよう」と佐々木迪夫監督が選手に持ち帰らせた。
    ただ、厳密にはこのときは甲子園球場は米軍に接収中だったため、阪急西宮球場の土。
  • 1948年の大会での福島一雄選手(小倉北)
    準々決勝で敗れた時、無意識に土をポケットに掴んで入れていた。
    大会役員から速達でそのことを知らされて、ユニフォームに入っていた土を自宅の鉢植えにまき支えとしていた。

などです。ちなみにですが、甲子園の土を決勝戦出場後の高校も引き揚げる前に持ち帰ります。


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甲子園の土の持ち帰りは誰でもできる?

残念ながら、一般の人は土の持ち帰りは出来ません。あくまで、甲子園で頑張った選手たちへの記念ですから。とは言え、やはり手に汗握る甲子園の試合を見守っていた方たちでも欲しいという声は多数あります。

甲子園球場のグラウンド整備をしている阪神園芸が販売をしていた事もありました。

これはあくまで「同じ配合の土」ですから当然ながら汗や涙は染み込んでいませんが、それでも人気が出すぎて一般販売は今は行われていません。使うためであれば購入できますが10袋単位の販売、かつ1袋が15リットルなのですから個人では購入も難しいです。

ひと夏を頑張った球児たちへのもの、ということなのだと改めて実感してしまいますね。

まとめ

毎年やってくる夏の甲子園は、始まる頃になれば新聞のチェックをして番組を確認したりどんな高校なのかと下調べをする事もあるのではないでしょうか。

彼らの頑張りの証でもある甲子園の土。

持ち帰った後の用途は様々なようですが、どの場合でも一つの拠り所としていることが多いです。よい試合が出来るように、応援もしっかりとしていきたいですね。

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